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執筆者の写真SATO Takayuki

タクシー日記・大失敗の夜

早いものでもう12年もタクシードライバーをやっているが、先日恥ずかしい大失敗をやらかしてしまった。

クルマのキイを車内に閉じ込めてしまったのだ。しかもトランクに。

3月半ば、金木犀の香りが漂うが深夜の街はまだ寒い。

ちょうど江東区のある街でお客を降ろしたワシは近くに公園を見つけてトイレに行こうとした。

そのトイレは公園の奥まったところにあったのでいったんクルマに戻り、トランクにしまってあるマウンテンパーカーを着込んでドアには鍵をかけた。

戻ってきて、微かに開けておいたトランクにパーカーをしまい込み、よし出撃!とばかりにトランクの蓋をパタンと閉めた。天気の良い春先の金曜日の夜。タクシードライバーにとっては稼ぎ時だ。

気合い十分に乗り込もうとすると、あれ?鍵がない。

ドヒャー!鍵をトランクに閉じ込めてしまったのだ!

じつはこういう時のためにうちの会社のクルマにはある所に、こっそりスペアキーを隠してある。ところがそこにアクセスするためのドライバーがない。昼間であれば近所の工場やガソリンスタンドで借りることもできるが、深夜2時。もうコンビニに駆け込むしかない。ドライバーを売っていなくても店に備えてあるだろう、と。


1軒目セブンイレブン。商品にドライバーはなく「ホセ」という名札をつけた若い男の子は「事務所にあるはずだけど何処にあるかわからない」と言う。

もう一人いる同僚と一緒に探してくれたが見つからないので、大きなハサミをとりだして、これでどうですか?と。借りてクルマに戻ったがどうにもならなかった。

2軒目ローソン。

「張」という名札をつけた真面目そうな若い男が「まだ日本語勉強中ですので…」と言いながら、一生懸命にこちらの言うことを理解しようとして店内を探してくれたが、ドライバーはなかった。

3軒目、別のセブンイレブン。

そこでは目がキリッとした角刈りの若い中国人らしい男が独りで商品の陳列をしていた。そしてその商品棚にはドライバーセットがあった。

「あ、あった!これちょうだい!」

とレジに持って行ったが、こちらは1円も持ち合わせていないのだった。事情を話すと彼は機転を利かせて事務所から同じドライバーセットを持ってきた。「これはお店用のですから、これ使ってください」

「うわ!助かる!10分くらいで戻るけどそのあいだこのスマホ置いておくね」というと「大丈夫大丈夫」と受け取らない。

クルマに戻ってキーを取り出し、さっきのセブンイレブンに乗り付ける。

彼はまだ通路の間で商品整理をしていた。

「ありがとう、助かったよ」とドライバーを返し、「ほんの気持ち」と彼に千円札を渡そうとした。ところが彼は「大丈夫大丈夫!」と受け取らない。「いやいや、助かったし嬉しかったから!」とポケットにねじ込もうとするが彼は「ダメダメ!大丈夫大丈夫!」と頑として受け取らない。「いやいや、頼むから!」などとほとんど取っ組み合いになっていた。レジ前では商品を持ったオッサンがポカンとして2人を見ていた。

「あっ、お客様」慌てて彼はレジに戻って行った。

それを待ってレジに近づいていくと彼は「ダメダメ!大丈夫大丈夫!」と奥へにげようとする。

「わかったよ、もう…。君は学生さん?」

「はい」

「お国はどこ?」

「モンゴル。中国の。内モンゴルです」

「そうか、頑張ってね。ありがと」

とクルマに戻った。


時計はもう3時を過ぎていた。

“ああ、1時間もロスしちゃったな…”

ワイシャツ一枚で歩き回ったせいで身体は冷えていたが、心は晴れやかだった。

外国人の若者たちは皆、真面目で純真で親切だった。

あれが日本人の店員だったらどうだっただろうか、と思った。

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